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   <title>桂文福</title>
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      桂文福（かつらぶんぶく）は、1953年（昭和28）年3月31日生まれの和歌山県出身で、本名は田中登（たなかのぼる）。
1972年（昭和47年）4月1日「五代目桂文枝（当時三代目小文枝）」に入門した。
出囃子は「まりと殿様」、たまに「月光仮面」で、紋は「結び柏（三つ柏）」である。
上方落語協会会員で理事を務めていて、文福らくごプロモーションに所属している。
以前は吉本興業に所属し、若手の頃から関西のテレビ番組に多数出演していて「トホホー」のセリフで有名だった。
吉本興行から独立した後、テレビへの露出は減少したが、音頭取りや落語家としての活動は活発になった。
東西落語界で唯一の河内音頭取りとして知られている。
弟子は、桂茶がま、桂文鹿、桂まめだ、桂ぽんぽ娘がいる。

ちなみに初代・桂文福は、詳細は不明であるが、2代目桂文枝（後の桂文左衛門）の門下生だった。
2代目・桂文福（1882年 - 1944年9月24日没、本名は永岡辰之助）は、後の2代目・桂圓枝である。

      
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   <title>桂きん枝</title>
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      桂きん枝（かつらきんし）は、1951年（昭和26）年1月5日生まれの大阪府出身で、本名は立入勉三（たちいり べんぞう）。
1969年（昭和44年）7月「5代目桂文枝（当時桂小文枝）」の兄弟子・三枝に次いで二番弟子として入門した。
要領は悪いが、最もかわいがられた愛弟子として有名である。
出囃子は「相川」で、紋は「結び柏」。
現在は上方落語協会理事をつとめていて上方落語を聴く会会長でもある。
吉本興業に所属している。
人気番組「ヤングおー!おー!」では弟弟子の桂文珍、月亭八方、林家小染(先代、故人)と一緒に｢ザ・パンダ」のメンバーだったこともある。
私生活では数々のトラブルを起こしてしまって破門されてしまうが、1年後に破門が解けて芸能界に「勝枝」という芸名に改名して復帰した。
1986年には小文枝の許可を得て2代目きん枝を襲名している。
現在は、大阪市立大学経済学部2部に社会人入試で合格して在学中であるが、主に関西のTV・ラジオなどで活躍している。

      
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   <title>桂文喬</title>
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      桂文喬（かつらぶんきょう）は、1950年（昭和25）年 8月7日生まれの神戸市出身で、本名は中村勝（なかむらまさる）。
もともと教員を目指していたが、大ファンだった3代目桂小文枝（5代目桂文枝）の子どもの家庭教師となったのをきっかけに、1973年（昭和48年）2月「五代目桂文枝」に入門した。
出囃子は「本調子」と「まつり」で、紋は「結び柏」。
現在は吉本興業に所属していて、神戸の震災復興を落語家としてサポートしたり、YOSE夢屋のスーパーバイザーとして活動したりしている。
また、落語家のきっての博学として知られている。

ちなみに、初代桂文喬（1853年 - 1902年10月10日没、本名は山本久吉）は、後の2代目桂梅枝で、2代目桂文枝（桂文左衛門）門下生である。
2代目桂文喬の詳細は不明で、2代目梅枝門下生で、俗に「左官の文喬」と呼ばれていた。
3代目 桂文喬の詳細も不明で、2代目梅枝門下で、後に3代目文喬を襲名した。

      
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   <title>桂春団治（ 三代目 ）</title>
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      桂春団治（かつらはるだんじ）は、1930年（昭和5）年3月25日生まれの大阪府出身で、本名は河合一（かわいはじめ）。
1947年（昭和22年）4月1日父である「二代目・桂春団治」に入門して桂小春を名乗り、1950年には二代目・桂福団治となり、続いて1959年に三代目・桂春団治を襲名した。
「春團治」が本来の表記である。
出囃子は「野崎」、紋は「菱三升の中に花菱」。
平成16年旭日小綬章、平成10年紫綬褒章、昭和56年大阪名誉市民表彰ほか、数多く受賞されていて、現在は上方落語協会会員で、松竹芸能に所属している。
山村流舞の名手でもあり、舞台ではしばしば粋な寄席踊りを披露している。

また、6代目笑福亭松鶴（故人）、3代目桂米朝、5代目桂小文枝（のちの5代目桂文枝、故人）とともに「上方落語の四天王」と呼ばれ、上方落語の復興に尽力した存在でもある。
弟子は、祝々亭舶伝、4代目桂福団治、2代目桂春蝶（故人）、桂春之輔、桂春若、桂春駒、3代目桂小春団治、4代目桂梅團治、桂春雨、桂春彦、桂貴春など数多くいる。

      
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   <title>桂福団治</title>
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      桂福団治（かつらふくだんじ）は、1940年（昭和15）年 10月26日生まれの三重県出身で、本名は黒川亮（くろかわりょう）。
1960年（昭和35年）「三代目・桂春団治」に入門して、桂一春となり、1963年に三代目・桂小春、そして1973年には四代目・桂福団治を襲名した。
平成11年文化庁芸術祭優秀賞や昭和56年上方お笑い大賞功労賞ほか多くの受賞暦がある。
出囃子は「梅は咲いたか」で、紋は「花菱」である。
松竹芸能という事務所に所属していて、関西演芸協会会長や日本手話落語会会長をつとめている。
なお、長男は弟子でもある「桂福若」。
三代目・桂小春のときに演芸ブームと共に「ペケペン落語」で人気がでたが、桂福團治の襲名の際に封印してしまった。
（「ペケペン落語」とは、人形浄瑠璃の三味線の合いの手を真似した声色を使った小咄集のこと）
特に『蜆売り』『藪入り』『一文笛』などの人情物の噺を得意としているが、持っているネタは幅広いものとなっている。

      
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   <title>桂春蝶（ 二代目 ・ 故人 ）</title>
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      桂春蝶（かつらしゅんちょう）は、1941年（昭和16）年10月5日に生まれて1993年1月4日に没した落語家で、テレビやラジオなどでも活躍していた。
本名は濱田憲彦（はまだのりひこ）である。
2代目桂春蝶の死後に3代目春団治に入門した実子である桂春菜は、春蝶の弟弟子でもあり、2007年に3代目・桂春蝶を襲名することになっている。

1962年（昭和37年）3代目・桂春團治に入門して、春蝶となった。
仁侠映画をテーマとした「昭和任侠伝」や「ピカソ」という演目を残している。
生前、「春團治」の名跡に深い愛着を持っていたために、「桂花團治」の名跡の襲名を持ちかけられた際には断ったという逸話がある。

酒と博打の話題が得意で、阪神タイガースの大ファンとしても有名だったが、ドクターストップがかかっていたのにもかかわらず、大量のアルコールを飲んでいたために死期を早め、肝硬変のために51歳という若さで亡くなった。
弟子は、桂昇蝶、桂一蝶、桂蝶六がいる。

      
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   <title>露の五郎兵衛（ 二代目 ）</title>
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      露の五郎兵衛（つゆのごろべえ）は、1932年（昭和7）年3月5日生まれの京都府出身で、本名は明田川一郎。
上方噺家でもあり、大阪にわかの仁輪加師（にわかし）でもある。
1947年（昭和22年）11月1日「二代目・桂春団治」に入門して桂春坊となり、1960年桂小春団治、1968年2代目・露の五郎、2005年には2代目・露の五郎兵衛を襲名するにいたった。
以来、平成12年紫綬褒章、平成6年上方お笑い大賞審査員特別賞、平成5年大阪府民文化功労表彰、昭和60年文化庁芸術祭賞ほか、多数の栄誉を受けている。
出囃子は「勧進帖（滝流し)」で、紋は「ききょう中陰」。
五郎兵衛事務所に所属している。
人情噺や怪談噺、芝居噺を得意としていて、得意ネタは「あみだ池」、「浮世床」、「蛸坊主」、「大丸屋騒動」、「深山隠れ」、「猫の災難」など数多い。

弟子は、立花家千橘、露の慎悟、露の都、露の団四郎、露の団六、露の新治、露の吉次、露のききょう、孫弟子に露の団姫がいる。

      
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   <title>立花家千橘</title>
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      立花家千橘（たちばなやせんきつ）は、1946年（昭和21）年2月3日樺太生まれの高知県出身で、本名は田井利孝。
1966年（昭和41年）6月1日「露の五郎兵衛」に入門して桂団丸となり、1968年に師匠の襲名に伴って露の団丸、1992年に立花家千橘となり、1951年2代目・立花家花橘が没して以来、上方では誰も継いでいなかった亭号「立花家」を復活させた。
「立花家」という称号は従来「三遊派」に属する色物芸人の亭号だったので、8代目・橘家圓蔵の許可を得て襲名したという経緯がある。
出囃子は「薮入」で、紋は「三つ組橘」。
上方落語協会会員で、立花オフィスという事務所に所属している。
音曲や舞踊にも長けていて、特に「杵屋流長唄」や「松本流御殿舞」を長く演じている。
最近の高座では、芝居噺も得意としている。

ちなみに、初代は後の昔々亭桃太郎（生没年不明、本名は木村兼次郎）で、2代目は本名・中村常次郎（1873年-1922年4月14日）という音曲師で、3代目は本名・坂本梅之助（1892年 - 1945年3月）という上方噺家である。

      
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   <title>林家染丸（ 四代目 ）</title>
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      林家染丸（はやしやそめまる）は、1949年（昭和24）年10月10日生まれの大阪府出身で、本名は木村行志（きむら こうし）。
1966年（昭和41年）8月27日「三代目・林家染丸」に入門して桂家染二となり、1991年に四代目・林家染丸を襲名した。
現在は事実上、「林家染丸」が上方林家の止め名となっている。
1984年に兄弟子4代目・林家小染が急死して以来、一門の総帥となっている。
平成13年大阪文化祭賞や平成6年文化庁芸術祭賞ほか、多くの受賞暦があり、上方落語協会副会長をつとめ、吉本興業に所属している。
三味線の才能があり、ハメモノ入りの芝居噺を得意としているが、その他の芸域も幅広い。
もちネタは「ふぐなべ」、「景清」、「煙草の火」、珍しいところでは「茶瓶ねずり」、「五両残し」、「綿屋家事」など、林家の家の芸がほとんどとなっている。

弟子に、林家染二、林家うさぎ、林家そめすけ、林家花丸、林家染雀、林家染弥、林家竹丸、林家染左、林家笑丸、林家卯三郎、林家染太らがいる。

      
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   <title>林家染二</title>
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      林家染二（はやしやそめじ）は、1961年（昭和36）年9月17日生まれの大阪府出身の上方落語の落語家で、本名は吉田忠史（よしだただし）。
「上方落語界の中村橋之助」という愛称で呼ばれている。
1984年（昭和59年）9月11日に「二代目・林家染二（現四代目・林家染丸）」に入門して林家染吉となり、1997年に大阪文化祭賞奨励賞受賞をきっかけに三代目・林家染二を襲名した。
以来、平成16年と10年に文化庁芸術祭優秀賞、平成16年上方お笑い大賞最優秀技能賞ほか、多数の受賞暦がある。
出囃子は「藤娘」で、紋は「ぬの字うさぎ」で、有限会社ぬの字うさぎという事務所に所属している。
上方落語界きっての歌舞伎好きとして有名で、歌舞伎独特のしぐさなどを独自に落語の中に取り入れている。
また、力強い高座が彼の特徴となっていて、人情噺や芝居噺なども得意としている。

弟子は林家央二がいる。
ちなみに、初代・林家染二は2代目林家染丸の門下生で、2代目・林家染二は4代目林家染丸の元名である。

      
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   <title>桂吉朝（ 故人 ）</title>
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      桂吉朝（かつらきっちょう）は、1954年（昭和29）年11月18日に生まれて2005年11月8日に没した落語家で、本名は上田浩久（うえだひろひさ）I。
1974年（昭和49年）「桂米朝」に入門した。
亡くなる直前まで吉朝が「米團治」、3代目・桂小米朝が「米朝」としての襲名を進めていたが実現することはなく、結局小米朝が「5代目桂米團治」を襲名した。
入門当初から師匠である桂米朝の「端整で正統派落語」を多く引き継ぎ、そのセンスを認められ、米朝一門だけではなく上方落語界全体を担っていく次世代リーダーとして注目されていた存在でもあった。
「七段目」「蛸芝居」などといった芝居噺が得意で、また、「地獄八景亡者戯」「百年目」「愛宕山」「高津の冨」「千両みかん」などの大ネタに現代センスを融合させた「くすぐり」を加えることによって独自の世界を創造して「米団治系の後継者」とも呼ばれていた。
おもしろさだけでなく、こなせるネタの幅広さは群を抜いていた。

弟子は、桂あさ吉、桂吉弥、桂よね吉、桂しん吉、桂吉坊、桂佐ん吉、桂吉の丞がいる。

      
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   <title>桂南光</title>
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   <published>2007-10-04T02:48:38Z</published>
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      桂南光（かつらなんこう）は、1951年（昭和26）年12月8日生まれの大阪府出身で、本名は森本良造（もりもとりょうぞう）。
当初、桂枝雀に弟子入りを頼んだが、「弟子を取る身分ではない」と弟子入りを断られた。
しかし、大師匠・桂米朝の勧めにより1970年（昭和45年）弟子として入門することになったという経緯がある。
入門により3代目桂米歌子（後に桂べかこに改名）となり、1993年に三代目・桂南光を襲名した。
また、米朝の薦めで「南光」へ改名したが、当初は「萬光」にするかどうかで迷ったようだ。
ただ、本人が「楠公」と呼ばれる楠木正成の出身地・千早赤阪村出身であることにちなんでこの名を襲名したようである。
出囃子は「猩々」で、米朝事務所に所属している。

弟子に桂こごろうがいる。
ちなみに、初代桂南光は桂文左衛門（2代目・桂文枝）で、2代目が桂仁左衛門の前名である。
いずれも桂派の大物が名乗っていた由緒ある名跡が「南光」である。

      
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   <title>橘ノ圓都</title>
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   <published>2008-02-28T13:06:49Z</published>
   <updated>2008-02-28T15:11:11Z</updated>
   
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      橘ノ 圓都（たちばなの えんと）は、1883年（明治16年）3月3日生まれの神戸出身の上方落語の落語家で、本名は池田 豊次郎。
1905年（明治38年）に、「二代目・桂文 團治」に入門して桂團壽となるも、途中で挫折し、1912年（明治45年）、「初代・橘ノ圓」に再入門し、橘家圓歌となる。
「初代・三遊亭圓歌」と間違いやすいとの理由から1917年（大正6年）、橘ノ圓都を名乗ることになった。
他の落語家がやらないネタをやっていたことで、人気を集めていたのだが、昭和に入ると突然活動を休止した。その理由は、戦時中の好景気で大工の需要が高まっていたため、大工に戻ったというものである。
しかし、同じ落語家達の説得により落語界に復帰。
まっすぐな性格で独自の落語を披露し、晩年になっても落語への情熱は衰えず、90歳まで高座に上がり、根強いファンを沸かせたと言う。
2002年（平成14年）第7回上方演芸の殿堂入りとなる。
      
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   <title>快楽亭 ブラック</title>
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   <published>2008-08-07T06:21:22Z</published>
   <updated>2008-08-07T06:48:32Z</updated>
   
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      快楽亭 ブラック（かいらくてい ぶらっく）（2代目）は、1952年（27年）5月26日生まれの東京都出身で、本名は福田 秀文。
1969年（昭和44年）「立川談志」に入門した。
父はアメリカ合衆国籍、母は日本国籍で、出囃子は『青い目の人形』。
1972年に1度破門され「桂三枝」に入門するが、1979年に立川に戻る。
「立川ワシントン」から始まり、16回も改名している。その中にはNHKにふさわしくないものもあり、NHKでのみ名乗る名前もあった。
また、映画好きとしても有名で、映画評論家としても活躍している。

放送コードぎりぎりのネタも多く、問題となることも多々あったが1992年に代目快楽亭ブラック襲名した。
ちなみに、初代快楽亭 ブラックは明治～大正に活躍したイギリス人落語家で、催眠術師、推理小説家でもあった。

      
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   <title>上方落語とは</title>
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   <published>2008-10-14T04:34:18Z</published>
   <updated>2008-10-14T04:57:20Z</updated>
   
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      上方落語とは、主に大阪や京都などの関西地方を中心に演じられる落語のことを指す。
落語の起源は、江戸時代中期にさかのぼる。道端に設けられた舞台で初代・米沢 彦八や初代・露の五郎兵衛が自作の噺を披露したことがきっかけとされる。
初代・桂 文之助、桂文都、桂文三、初代・桂 文團治が『四天王』と呼ばれ、人気を博した。
明治時代には、『桂派』と『三友派』が全盛期を迎え、東京からは初代・橘ノ圓や2代目・三遊亭圓馬らが移住し、上方落語は盛り上げを見せた。
大正から昭和時代は新興の漫才人気や、人気落語家の相次ぐ他界によって衰亡の危機が来る。
昭和32年に『上方落語協会』を結成し、再び上方落語界を盛り上げる努力をしたのである。

その後も『MANZAIプーム』に押されぎみではあったが、人気落語家もメディアに進出したことで人気を二分する形となり、それぞれのポジションを確立することになった。

      
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