橘ノ 圓都(たちばなの えんと)は、1883年(明治16年)3月3日生まれの神戸出身の上方落語の落語家で、本名は池田 豊次郎。
1905年(明治38年)に、「二代目・桂文 團治」に入門して桂團壽となるも、途中で挫折し、1912年(明治45年)、「初代・橘ノ圓」に再入門し、橘家圓歌となる。
「初代・三遊亭圓歌」と間違いやすいとの理由から1917年(大正6年)、橘ノ圓都を名乗ることになった。
他の落語家がやらないネタをやっていたことで、人気を集めていたのだが、昭和に入ると突然活動を休止した。その理由は、戦時中の好景気で大工の需要が高まっていたため、大工に戻ったというものである。
しかし、同じ落語家達の説得により落語界に復帰。
まっすぐな性格で独自の落語を披露し、晩年になっても落語への情熱は衰えず、90歳まで高座に上がり、根強いファンを沸かせたと言う。
2002年(平成14年)第7回上方演芸の殿堂入りとなる。