立花家千橘(たちばなやせんきつ)は、1946年(昭和21)年2月3日樺太生まれの高知県出身で、本名は田井利孝。
1966年(昭和41年)6月1日「露の五郎兵衛」に入門して桂団丸となり、1968年に師匠の襲名に伴って露の団丸、1992年に立花家千橘となり、1951年2代目・立花家花橘が没して以来、上方では誰も継いでいなかった亭号「立花家」を復活させた。
「立花家」という称号は従来「三遊派」に属する色物芸人の亭号だったので、8代目・橘家圓蔵の許可を得て襲名したという経緯がある。
出囃子は「薮入」で、紋は「三つ組橘」。
上方落語協会会員で、立花オフィスという事務所に所属している。
音曲や舞踊にも長けていて、特に「杵屋流長唄」や「松本流御殿舞」を長く演じている。
最近の高座では、芝居噺も得意としている。
ちなみに、初代は後の昔々亭桃太郎(生没年不明、本名は木村兼次郎)で、2代目は本名・中村常次郎(1873年-1922年4月14日)という音曲師で、3代目は本名・坂本梅之助(1892年 - 1945年3月)という上方噺家である。