桂文喬

桂文喬(かつらぶんきょう)は、1950年(昭和25)年 8月7日生まれの神戸市出身で、本名は中村勝(なかむらまさる)。
もともと教員を目指していたが、大ファンだった3代目桂小文枝(5代目桂文枝)の子どもの家庭教師となったのをきっかけに、1973年(昭和48年)2月「五代目桂文枝」に入門した。
出囃子は「本調子」と「まつり」で、紋は「結び柏」。
現在は吉本興業に所属していて、神戸の震災復興を落語家としてサポートしたり、YOSE夢屋のスーパーバイザーとして活動したりしている。
また、落語家のきっての博学として知られている。

ちなみに、初代桂文喬(1853年 - 1902年10月10日没、本名は山本久吉)は、後の2代目桂梅枝で、2代目桂文枝(桂文左衛門)門下生である。
2代目桂文喬の詳細は不明で、2代目梅枝門下生で、俗に「左官の文喬」と呼ばれていた。
3代目 桂文喬の詳細も不明で、2代目梅枝門下で、後に3代目文喬を襲名した。